« おっとせい | メイン | 思考回路 »

2010年12月15日

おっとせい(complete version)

どうしても気になって、金子光晴の古い詩集を引っ張り出して読んでみた。

kaneko.jpg


おっとせい            
 金子光晴

そのいきの臭えこと。
口からむんと蒸れる、

そのせなかがぬれて、はか穴のふちのやうにぬらぬらしていること。
虚無をおぼえるほどいやらしい、 おお、憂愁よ。

そのからだの土嚢のやうな
づづぐろいおもさ。かったるさ。

いん気な弾力。
かなしいゴム。

そのこころのおもひあがっていること。
凡庸なこと。

菊面。
おほきな陰嚢。

鼻先があをくなるほどなまぐさい、やつらの群衆におされつつ、いつも、
おいらは、反対の方角をおもってゐた。

やつらがむらがる雲のやうに横行し
もみあふ街が、おいらには、
ふるぼけた映画でみる
アラスカのやうに淋しかった。


そいつら。俗衆といふやつら。
ヴォルテールを国外に追ひ、フーゴー・グロチウスを獄にたたきこんだのは、
やつらなのだ。
バダビアから、リスボンまで、地球を、芥垢と、饒舌で
かきまはしているのもやつらなのだ。

くさめをするやつ。髭のあひだから歯くそをとばすやつ。かみころすあくび、きどった身振り、しきたりをやぶったものには、おそれ、ゆびさし、むほん人だ、狂人だとさけんで、がやがやあつまるやつ。そいつら。そいつらは互ひに夫婦だ。権妻だ。やつらの根性まで相続ぐ倅どもだ。うすぎたねえ血のひきだ。あるひは朋党だ。そのまたつながりだ。そして、かぎりもしれぬむすびあひの、からだとからだの障壁が、海流をせきとめるやうにみえた。

おしながされた海に、霙のやうな陽がふり濺いだ。
やつらのみあげる空の無限にそうていつも、金網があった。

…………けふはやつらの婚姻の祝ひ。
きのふはやつらの旗日だった。
ひねもす、ぬかるみのなかで、砕氷船が氷をたたくのをきいた。

のべつにおじぎをしたり、ひれとひれをすりあはせ、どうたいを樽のやうにころがしたり、 そのいやしさ、空虚さばっかりで雑閙しながらやつらは、みるまに放尿の泡で、海水をにごしていった。

たがひの体温でぬくめあふ、零落のむれをはなれる寒さをいとうて、やつらはいたはりあふめつきをもとめ、 かぼそい声でよびかはした。


おお。やつらは、どいつも、こいつも、まよなかの街よりくらい、やつらをのせたこの氷塊が 、たちまち、さけびもなくわれ、深潭のうへをしづかに辷りはじめるのを、すこしも気づかずにゐた。


みだりがはしい尾をひらいてよちよちと、
やつらは表情を匍ひまわり、
……………文学などを語りあった。
うらがなしい暮色よ。
凍傷にただれた落日の掛軸よ!

だんだら縞のながい陰を曳き、みわたすかぎり頭をそろへて、拝礼してゐる奴らの群衆のなかで
侮蔑しきったそぶりで、
ただひとり、 反対をむいてすましてるやつ。
おいら。
おっとせいのきらひなおっとせい。
だが、やっぱりおっとせいはおっとせいで
ただ
「むかうむきになってる
おっとせい。」

【詩集『鮫』1937に収録】
(底本『金子光晴詩集』(現代詩文庫1008:思潮社) 新書版)


投稿者 takagi : 2010年12月15日 08:36

コメント

コメントしてください




保存しますか?