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2008年07月31日
ちょっと雰囲気が違う十日町診療室
浜崎のスタッフが、手術の手伝いに十日町に来てくれた。
見慣れたスタッフだが、オフィスが違うとなんか新鮮味があるね。

浜崎のスタッフは底抜けに明るいから、十日町が花が咲いたようないい感じになった。
おかげで今日は、良い仕事ができた。
たまにスワッピングするのも、いいかもね。
半ズボン
男のビジネス用半ズボンファッションが紹介されていた。
夏は、半ズボンがいいね。でも・・・

かなり危ないファッションだ。
いまどき、こんな恰好で小学校の前をうろついていると確実に通報されるね(苦笑)
ネクタイはいらねーだろ!クールビズなんだから。
春から秋にかけて、僕は家ではたいてい短パンで過ごしている。
毎日蒸し暑いいま時は、通勤にも短パンで来たいくらいだが、少しは常識を持つ者としては控えている。
写真のファッションは「なんだかなぁ~」と思えるが、クールビズの延長で男の半ズボンビジネスファッションが一般化してくれたらいいな。
僕も心おきなく短パン・アロハで通勤ができる。
自転車通勤には、短パンか七分丈のパンツが乗りやすくていいんだよなぁ。
ソースはこちら
骨芽細胞活性化因子CTP
BMP(bone morfogenrtic protain)とは別経路での骨眼細胞活性化因子のコラーゲン・トリペプチド(CTP)が明らかになったそうだ。
しばらく、骨の基礎研究から離れていたが、どんどんいろんなことが解明されて製品化されていくんだな。
コラーゲン・トリペプチド(CTP)についてはこちら。
2008年07月30日
今日のワイン
Chateau Lanessan のDelbos Bouteiller1997年を開けた。
久しぶりの赤ワイン。うまかったなぁ。
新潟の賢ちゃん、ありがとね!


ヴィンテージの割には重たくなく、メルローの甘さが飲みやすくしている。
アジフライと生ハムでいただきました。
おかげでぐっすり眠れそうです。
2008年07月29日
ビスフォスフォネートによる骨壊死
数年前から骨粗鬆症などの治療薬であるビスフォスフォネート(Bisphosphonates:BPs)による顎骨領域に特有に発症する骨壊死が大きな問題となっている。
インプラントや骨移植などはもとより、抜歯など日常の歯科臨床において慎重に対応する必要がある。
BPsは、生体内活性物質ピロリン酸と類似の構造をもつ化合物で、強力な破骨細胞機能抑制作用を有する。
骨粗鬆症や、悪性腫瘍による高カルシウム血症、多発性骨髄腫あるいは乳がんをはじめとする各種固形癌の溶骨性骨転移や骨関連有害事象の治療に幅広く使われている。
2003年にMarxによってBPsによる顎骨壊死が最初に報告されて以来、多くの症例が集積されてきたが、BPsの作用機序や顎骨壊死発祥のメカニズムは正確に解明されていない。
これまでに報告されているBPs製剤の骨吸収抑制の作用機序としては、
1)は骨細胞の酵素活性阻害
2)は骨細胞のアポトーシス誘導
3)ヒドロキシアパタイトへのBPs沈着による骨微細構造の変化
4)抗血管新生作用
など
BPsによる顎骨壊死の診断基準(米国口腔顎顔面外科学会による)
1)現在、またはBP系製剤による治療を受けた既往がある
2)8週間以上継続する骨露出・壊死が顎口腔領域にみられる
3)顎骨に対する放射線治療の棋王がないこと
以上の三条件を満たす。
BPs関連の骨壊死のエックス線的画像所見(Bianchi,S.D.2007)
1)骨梁の構造変化
2)骨皮質の粗造化
3)骨硬化
4)腐骨形成
5)骨膜や上顎洞粘膜の反応による新生骨の形成
病因論や発症の危険因子正確に解明されていない現在、その予防や治療法は確立されていないが、現時点で推奨されている治療ガイドラインは、
1)露出骨や壊死組織の除去や粘膜弁による骨露出部の被覆などの積極的な外科処置は避ける
2)0.12%クロルヘキシジンによる局所洗浄と骨露出部の保護シーネ
3)周囲軟組織の二次感染予防と疼痛緩和を目的とした抗菌薬投与
以上の保存的治療を受けても壊死が進行し、病的骨折、皮膚‐口腔ロウ、広範な骨露出などを惹起する場合がある。
Engroffら(2007)は、外科的治療を推奨しており、治療時に考慮すべき事項を以下のように挙げている。
1)放射線性顎骨壊死と異なり、口腔粘膜はBPsによる有害な影響を直接的に受けない。
2)歯牙の存在によって引き起こされる活発なリモデリングが存在する。
3)選択的に破骨細胞の機能が阻害され骨芽細胞の機能は影響を受けないため、病変の周辺領域に新生骨の形成が認められる。
4)壊死骨と生存骨との境界は明瞭である。
↓
安全な顎骨切除域を決定する
【針谷他 日口外誌vol.54No.7 15-19 2008】
2008年07月28日
ツール・ド・フランス終了
サストレの総合優勝で、暑い夏の戦いが終了した。
しかしまだまだ暑い日が続く。
やっぱりサストレがそのまま行きましたね。
チームCSCの車列が危険を冒さず、慎重にサストレを囲むようにシャンゼリゼを通って行った。


最終節のステージ優勝はステーグマン。
エヴァンスは昨年に続いて総合2位。
総合3位は山岳賞もとったコール。
この人の走りは気持ちよかったね。
最強のチームCSCも、ドイツの水・ゲロルシュタイナーも、スポンサーから下りるのだそうだ。
昨年のディスカヴァリーチャンネルにしてもそうだけど、優勝者のチームが翌年のツールで名前が聞けないのは残念でもある。
みんなお疲れ様でした。
今日の格言
人生は全て次の二つから成り立っている。
したいけど、できない。
できるけど、したくない。
byゲーテ
自分の考えたとおりに生きなければならない。
そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう。
byブールジュ(フランスの小説家)
2008年07月27日
ツールドフランス第20ステージ
ツール第20ステージTTを、手に汗握りながらテレビ観戦。
予想通り、サストレとエヴァンスの戦いになった。
昨晩のTTで、サストレが健闘し、そのまま今夜決めるのか・・・

【現在総合2位のエヴァンス】

【全身マイヨジョーヌでTTを好走したサストレ】
今年のツールもいよいよ今夜の最終ステージで優勝が決まる。
いちおしの昨年の覇者コンタドールの所属するアスタナは招待されず、始まる前から僕的には興味の薄い今年のツールだったが、最後までめまぐるしくマイヨジョーヌが変わる接戦で、けっこう面白かった。
落車から立ち直って泣きながらマイヨジョーヌを着たエヴァンスを見て、ひそかに応援していたが、巧みなレース展開で一昨日マイヨジョーヌに袖を通したサストレにも感動した。
なんとなく、サストレがそのまま逃げ切るような予感。
いずれにせよ、三週間にもわたる熱戦と感動を作り上げてきた、ロードレーサーたちに乾杯だ!
2008年07月26日
うな重
先週の日曜日も、24日の土用の丑の日にも鰻を食いそびれたので、今日こそは・・・と食べました。
「染太」は近いけど、行くと混んでると思うので今夜は出前を取りました。

プレミアム・モルツも欠かせません(笑)
んまかー。
満足な“土曜”の鰻でした。
マリノスの勝利は遠く
名門マリノスが苦戦している。
久しぶりの大島のゴールで先制したのだが・・・
そろそろ勝たないと尻に火がつく。
決して攻め方が悪いわけではないのだが、ここぞと言うところで決めきれない。
心に余裕がない分だけ、ボールの威力がいまひとつ足りないから、ポストに嫌われたり相手DFにカットされてしまう。
闘うときにはいつも前向きで、強い意志を出さないといけない。
自信のないのが、いちばんの敵だ。
あの山瀬功から、自信みなぎる表情が失われていた。
それに引き換え、兵頭はよかったのだが・・・
大島の、らしくない鬼のような形相も、もっと闘争心を加えないければ本物にならない。
涼しくなるまで、待てないぞ!!
2008年07月25日
モンテ連勝で夏休み
めずらしい金曜のナイター。
ゆっくり晩飯を食ってから、小雨のスタジアムに出かけた。
スタンドに着いたら雨が上がっていたので、いつもの前方の席で観戦。
久しぶりに坂井と匠がサブに入っている。
今日は、へまをするなよよ祈るような気分。
前半30分くらいにリチェーリが二枚目のカードで退場。
リチェーリは足は速いがシュートがめちゃくちゃ下手で、気持ちとプレーがちぐはぐ。
見ていてあまり面白くはない。


ハーフタイムに花火も上がり、勢いを付けてくれた。
数的に不利な状態だったが、モンテに勝機の気配あり。
後半、相手GKが飛び出したところに、長谷川の絶妙なシュートがてんてんと転がって先制。
タフに守り抜いて、二連勝。


良くできました!
コバちゃんありがとう。
今夜はぐっすり眠れそうだ。
2008年07月22日
豚は真珠
豚は、ありがたい。
豚キムチでスタミナもつくが、豚の顎骨で手術の腕も上がるのだ。

インプラントや歯周外科の実習トレーニングでは、しばしば豚の顎骨を使う。
8月に講師を務めるインプラントセミナーで使用する豚の骨のサンプルが届いたので、診療が終わってから、デモ用のビデオ撮影のためにインプラントの植立手術をおこなった。
せっかくなのでインプラントだけではなく、さまざまな歯周外科の練習をした。
こんな機会に時々、アクロバチックな外科処置をトレーニングしておくことが、「いざ」という時に大いに役立つのだ。
時間を忘れて、顎骨のいろんなところを切ったり、貼ったり、削ったり、縫ったりと、つい夢中になってしまった。
外科が大好きな、歯科医です(^^;
豚さん、ありがとう。
豚は、真珠のように価値がありますね!

2008年07月21日
自炊3
三連休最終日。
サイクリングに行こうと思ったけど、二日続けて100km以上走ったのでさすがに尻と腿の裏が痛い。
ということで、今日も男の料理。
朝は、トーストとハムと卵というコンチネンタル・ブレックファスト。
ただし、卵は温泉ラジウム半熟卵。
デザートにメロン半分。
土用の丑の日が近く、国産うなぎが盗難にあうほど人気昂騰なのだとテレビで言っていた。
なんか妙にうなぎが食べたくなり、正午の時報とともに自転車で「染太」に向かう。
しかーし、みんなテレビを観たのだろうか、すでに列を作って待っている。
あきらめの早い僕は、足の重さを感じながら自転車をこいで帰宅。
途中、H自転車屋に立ち寄り、ツールドフランスの話などをして油を売る。
お中元にもらった、アナゴの姿焼きを電子レンジでチンして、同じく冷凍してあったご飯もチンして食べた。
気分はうなぎ♪
今日は冷房のきいた部屋で、撮りためていたツールドフランスのビデオを見る。
気分は、今日もツーリング。
夕方、修理に出していたピニン号を自転車屋に取りに行き、町内をぐるぐる走り回る。
足はだいぶ回復したが、尻が痛い。

晩御飯はどうしようか・・・
時間もたっぷりあるし、今晩も自炊。
ナスとモヤシと玉葱と豚肉をニンニクたっぷり入れてごま油で炒めて、焼肉のタレで味付け。
今日の昼に買ってきた、豆腐にダシをのせて、キュウリとキムチで彩りを整えてみた。
伊豆の温泉から帰ってきたツカサ夫婦が、「食べ物がなくて不自由しているかと思って」と、『あげたい』という名の金目鯛のさつま揚げをお土産に持って来てくれたので、それも仲間に入れてプレミアム・モルツを飲みながら、今夜も豪華なディナー。
テレビで、スワローズとベイスターズの一戦をペリオと一緒に観た。
食い物ブログみたいになっているけど、たぶん今日で食い物の話題はおしまい。かも。
2008年07月20日
自炊2
今日も140kmサイクリングしてきたので、スタミナを付けるために自炊。
ヤマザワに買出しに行って、晩飯を作った。
野菜が足りないことに気づき、レタス、キュウリ、モヤシ、アスパラガス、ナス等を購入。
基本的に焼く、茹でる、炒めるくらいしか技のない僕にとって、得意料理はサラダ。
レタスの半分をちぎって、キュウリとトマトを沿え、チーズと明太子をふりかけて、青ジソのドレッシングをかけて出来上がり。
アスパラガスは塩茹でにして、とりあえずマヨネーズ。
ナスは半分にして焼き、塩コショウで味付け。
メインは、昨晩うまくいった「豚キムチ」。
しかし豚バラが少なくて、1:3で圧倒的にキムチが多すぎた今夜の「豚キムチ」はいまいちだった。

プレミアム・モルツを飲みながら、マリノス‐アントラーズをテレビ観戦。
マリノスのパス回しのまずさと、シュートタイミングの悪さで0-2で惨敗。
降格の危機に立たされたマリノス同様、今夜の男の料理もいまいち。
明日の晩は、どこかに食べに行こうかな・・・
2008年07月19日
自炊
わけあって(と言っても、深刻な話ではないが)家人が実家に帰っており、ここ数日チョンガー生活をしている。
掃除や洗濯など家事をやっているが、苦ではない。
とりわけ炊事は、楽しんでいる。
仕事があるときには昼食は外食だが、朝と晩は自炊している。
朝はパンと牛乳とフルーツ程度の軽いものだけど、夜はけっこう凝っている。
久しぶりにスーパーで買出し。
キムチは、外せない(^^)
昨晩は、冷奴に「ダシ」をたっぷりかけて喰った。んまい!
今日から三連休なので、今夜は豪華。
午前中100kmサイクリングしてきて、夕方に指圧に行った。
明日も120km走る予定なので、スタミナをつけなくては・・・と指圧のT先生と話していたら、妙に「豚キムチ」が食いたくなった。
(T先生とはしばしば食い物の話で盛り上がる)

そこで今夜は豚バラを炒めて、キムチをどっさり入れて「豚キムチ」を作った。
もちろん、冷奴にたっぷりの「ダシ」。
テレビの旅番組でウド鈴木が「しらす」を、すんごくんまそうに食べていたので、冷凍庫にあったしらすも解凍して食べた。
ご飯の代わりにプレミアム・モルツ。
これらを食しながら、テレビでモンテVS徳島のゲームを観る。
うまい豚キムチとモンテの勝利。
100kmサイクリングとその後の指圧で、今夜はぐっすり眠れそうだ。
2008年07月18日
野茂引退
遣り残したまま、野茂が引退した。
野茂マニアとしては、実に悲しい。
【産経新聞より】
それまでは夢の世界だったメジャーのグラウンドで野茂が活躍する姿に、ファン以上に心を躍らされたのは日本球界の選手だった。野茂が開いた道をイチロー、松井秀、松坂ら、各球団のスーパースターがたどることになった。
球界関係者は「野茂のおかげで、日本球界が国際化に目覚めた」とも言う。近鉄に在籍していた1994年オフの契約更改の席で、大リーグへの移籍を主張。その強硬姿勢に根負けした近鉄は「任意引退選手」として、契約を断念した。結局、野茂は代理人の団野村氏の助けを借りて、米国で野球をしたいという場合まで選手を縛ることはできない-という任意引退の盲点をつき、強引にドジャース入りを決めた。
契約社会での認識の甘さを思い知らされた日本球界はその後、選手の保有権などが真剣に議論されるようになった。98年には「日米間選手契約に関する協定」を調印。FA権を持たない日本選手が大リーグ移籍を希望し、それを球団が認めた場合、移籍が可能になる「ポスティングシステム」が導入された。
多くの日本選手に大リーグ挑戦の夢を実現させ、日米球界に“風穴”をあけた「トルネード」が残した功績は大きい。(西井禎一)
備えあれば憂いなし
十日町診療室にAEDを設置した。
今月末には、浜崎の診療室にもAEDを置く。

AEDとは、自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator)のことで、心臓の心室細動の際に電気ショックを与え(電気的除細動)、心臓の働きを戻すことを試みる医療機器のことである。
近年では、人の集まる公共の場にも設置されるようになり、街のあちらこちらでも見かける。
歯科医院においても、治療時などに患者さんが急変した際に、一刻も早く対応できるようにと導入するところが少なくない。

救急薬品もあわせて再確認し、ミオコールスプレー(ニトログリセリン)とアトロピンおよびエピネフリンの注射液を補充した。
以前はニトロールは錠剤として用意してあったが、スプレーの方が扱いやすいね。
驚きなのは注射液のほうで、今では最初っから注射筒に収められていて、いざという時にすぐそのまま使えるので便利だ。
AEDも救急薬剤も、使わないのに越した事はないが、もしもの時にないと困る。
備えあれば憂いなしだ。
それよりも、こういう機器類は、何も起こらないための「お守り」でもある。
今回導入した一番のきっかけは、もしも僕が倒れたときのことを考えてだ(笑)
いざという時には、高木歯科医院のスタッフさん、頼んだよ!
落ち着いてバイタルサインを確認し、旨にパッドを当てて電気ショックを与えてくださいね。
こんど蔵王の刈田岳まで自転車で上るのだが、そのときにもAEDは持っていこうっと。
2008年07月16日
坂田明@東北芸術工科大学
純平に誘われて、芸工大での坂田明のライブに行ってきた。
蛙の鳴き声もフィーチャーしての屋外のライブは、とっても楽しい。
東北ルネサンス・プロジェクトの一環で、芸工大の水上能楽堂「伝統館」において坂田明のジャズカルテットのライブ。

仕事を終えて自転車でダッシュして芸工大へ向かった。
6時開演なのに、仕事を終えたのが5時50分。
通勤にはパッソを使っており、しかも街乗り用にサドルを下げていたので、芸工大への坂道はきつかった。
しかし汗びっしょりになりながらも、6時10分には着席して1曲目の「赤とんぼ」が聞けた。
西の空は夕焼けできれいだ。
そんな夕焼けに見惚れて、1曲目が♪ゆうやーけ、こやけぇの「赤とんぼ」になったのだそうだ。
坂田明の前衛的で、吉本っぽいMCがおもしろい。
「A Good for nothing」という坂田のオリジナルナンバーがあるが、「役立たず」って言う意味らしい。
いい表現だ。
世の中には、役に立たないものはないのだそうだ。
「役立たず」ってーのは、役に立たないという役を果たしている、という。
莫迦は莫迦なりに、いや莫迦として世の中の役に立っているのだ。
前衛的だが、なんとなく分かる。
講演のタイトルにもなっている「死んだ男の残したものは」は、
谷川俊太郎作詩、武満徹作曲なのだが、妙に昭和のムード歌謡っぽくて、
夕暮れにもマッチして心にズシンと響いた。
そしてアンコールの「ひまわり」(ヘンリー・マンシーニ)。
4人のミュージシャンのテクニカルな部分を存分に披露して、すごくうまい!
最高に気持ちよく帰ることができた。

帰り道、松見町まで純平と歩いて帰った。
クインテッセンスは、カッコばかりつけた儲け第一主義の出版社だとか、
近頃の審美歯科の重箱の隅をつついたような講演や論文のくだらなさだとか、
今どきの若モンは、emotionが足りない、などと他愛のない悪口をいっぱい言いながら・・・
つい遠回りして「男のお喋り」に興じてしまった。
帰宅して、マリノスがまた負けた事を知って少々凹んだ事を除けば、概ね楽しい一日。
柿ピー&チーズをつまみにプレミアム・モルツを飲みながらツール・ド・フランスの第11ステージを途中まで見て寝た。
*********
【開催にあたり】
本学では、日本を藝術立国へと導くために、「東北ルネサンス・プロジェクト」を推進しております。これは、日本やアジアに埋もれた歴史や文化、また、精神文化を掘り起こし、そこから未来に生きるための新しい価値観や叡智を生み出すことによって、東北を基軸に新たな芸術文化を再構築していこうという運動でございます。
その一環として、11月に「芸術・平和・人類」を共通テーマに、芸術や文化が人類の未来のために何をなしうるかを考える「東北ルネサンス会議2008」を開催させていただくことになりました。ここでは、東北から、日本、また、アジアに向けて、芸術や文化の果たす役割、重要性を問うていきたいと思います。今回の「坂田明公演―死んだ兵士の残したものは」もまた、「東北ルネサンス会議2008」の一環として、当該会議に先立ち開催されるものです。
今回の公演で演奏される曲目のひとつに、「死んだ男の残したものは」(詞・谷川俊太郎 曲・武満徹)があります。ベトナム戦争のさなかの一九六五年、「ベトナムの平和を願う市民の集会」のためにつくられた反戦歌のひとつで、一九六〇年、日米安保条約改定反対集会で初めて歌われた曲です。
この曲で歌われる、「死んだ子供の残したものは ねじれた足とかわいた涙 他には何も残さなかった 思い出一つ残さなかった」「死んだ兵士の残したものは こわれた銃とゆがんだ地球 他には何も残さなかった 平和ひとつ残せなかった」という歌詞には、戦争がいかに虚しく不毛なものか、いかに多くのこどもたちを不幸にし、いかに多くのものを犠牲にするものなのか、淡々とした短いことばのなかに反戦のメッセージが込められています。
この歌が初めて歌われてからすでに四八年が経ちました。しかし、現在でも世界のいたるところで紛争が起き、多くの尊い生命が犠牲になっています。このたびの公演を開催することで、今一度、世界を取り巻く危機的な状況について深く考え、その世界に対し音楽や芸術がどんな役割をはたすことができるのか、皆さんとともに考える契機としたいと考えます。
東北芸術工科大学学長 松本哲男
【公演者紹介】
坂田明(さかた・あきら)アルト・サックス、クラリネット、時々うた担当。1945年広島県呉市出身。69年東京でグループ『細胞分裂』を結成、72年山下洋輔トリオに参加、79年末まで在籍。80年自己のトリオを結成、以来、様々なグループの結成・解体を繰り返しながら音楽シーンの最前線を目指す。現在のレギュラー・ユニットは「坂田明・mii」、「YOSHI!」そして「Yahhoo!」。同時に、内外のミュージシャンとの交流も活発で、2005年春には、ジム・オルークとの共同プロジェクトをスタート、『およばれ』(05年)、『かなしい』(06年)、『ハ行』(08年)を発表。日本チェルノブイリ連帯基金のために作ったCD『ひまわり』(06年)、『おむすび』(08年)が話題を集めている。 http://www.warabi.ne.jp/~daphnia-pulex/
黒田京子(くろだ・きょうこ) ピアノ担当。東京都府中市生まれ。1980年代後半、自ら主宰したワークショップ「オルト」で、ブレヒト・ソングを素材に、ジャズだけでなく、演劇やエレクトロニクスの音楽家たちと脱ジャンル的な場作りを行う。90年以降、坂田明(as)などのバンドメンバーや、演劇・朗読の音楽を長期に渡って務める他、無声映画への音楽提供、ジャズ講座の講師を担当するなど、多彩な活動を展開。〇四年からは太田惠資(vln)と翠川敬基(cello)とのピアノ・トリオの活動を始め、近年は即興演奏を主体とした演奏活動を行っている。2006年、オルト・ミュージックを立ち上げ、コンサートの企画も手掛ける。 http://www.ortopera.com/
バカボン鈴木(バカボン・すずき) ベース担当。1956年東京生まれ。メトロファルス、パール兄弟、渡辺香津美Resonance Voxに参加。95年、渡辺香津美、白井良明 等をゲストに「ベンチャーズナイト」を企画、翌年には徳武弘文、是方博邦、白井良明、鮎川誠、高野博等の参加で「SUPER GUITAR TRIBUTE Vol.1」を企画、ライヴ・レコーディングを行う。96年より「PONTA BOX」に在籍。現在は"Surprise!"(三好〈3吉〉功郎、鶴谷智生、仙波清彦、小野塚晃)を始め、様々なミュージシャンとのライブを行い、2002年に結成された白井良明、鶴谷智生とのトリオ「sclap」ではピアノやギターなど、多彩な才能が発揮されている。http://www.vagabond-suzuki.net/
坂田学(さかた・まなぶ) ドラム担当。1973年生まれ。10歳からドラムを始める。96年ピラニアンズに参加。以後、ハナレグミ、原田郁子、畠山美由紀、bird、森山直太朗、UA、wyolica、ムーンライダーズ、坂田明、Jim O'rourke、一青窈、秦基博など数多くのアーティスト のレコーディング、ライヴに参加。2004年よりソロ活動を開始。05年「Music for Nyancos」 「Solo Live at Penguinhouse」「gradation」のソロ三作品を発表。ソロライブでは多数の楽器や歌と映像で独自の音響芸術空間を作り出している。ポップからアブストラクトまで多彩な表情を見せる。http://www.coyote.co.jp/sakata/
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坂田明 「ひまわり」「おむすび」
2008年07月15日
院内Dr勉強会
院内勉強会。
口腔内写真を撮る事の意義を再認識する為に、撮りためた症例写真を見ながら話し合った。

【タカギの口】
いまは、デジタル一眼レフの時代。
何枚でも簡単に撮れるし、撮ってすぐに見れる。
一眼レフだから、見たままが撮れる。
それなのに、若いドクターの写真といったら・・・
HN先生、SK先生どっちもどっち。
なんでそんな状態でシャッターを切るのか。
水平位置や、ピントもあっていない。
撮影する人間が曲がっていて、ピントもずれているからなのだろう・・・
歯の治療に比べれば、写真を撮ることなど何十倍も簡単なはずなのに。
歯の治療も、この程度のレベルなら悲しい。
つい小言を言いたくなる。
僕も歳をとったなぁ~
1時間で終わる予定の勉強会が、1時間半にも。
腹が減ったので、浜崎診療所の近くの「檸々屋」に三人で遅い夕食。
院長の小言を延長戦で聞かされながらの晩飯は、さぞうまかった事だろう。
2008年07月14日
Vistaデヴュー
院長室のデスクトップPCの調子が悪いので、買い換えた。
懲りもせず、またDELLだ。OSは、Vista。
僕にとってはVistaデビューである

箱や袋に「Made in Chine」と書いてある。
不安を抱きながらセットアップしていく。
インターネットを通して、いろいろ登録をする。
なんか、いやぁ~な感じ。
データから何まで(何?)、みんな吸い取られていくような気がしてならない・・・
中国のサイバーテロリストが何かしらの仕掛けをしていて、数年後にPCを起動した瞬間にドッカーンと爆発したりするのではないだろうか?
そんなこんなで(どんな?)再起動を何度も繰り返しながらセットアップ完了。
Vistaの機能などまったく予備知識がないので、どこを開いてよいやらちっとも分からない。
そのうえoffice2007も良く分からないので、イライラしてばっかり。
新しいPCが使えるようになるまでは、まだまだ手続きが多い。
面倒くさくてやってらんない!
こいつとは、あんまり仲良くなれない・・・たぶん
SPIベーシックマスターコースの開始
とうとう始まった。SPIのベーシックマスターコース。
画期的だが、苦労も多いセミナーだ。
かねてからアスパックコーポレーションのOKB氏から依頼されていた、ベーシックマスターコースの第一回目が先週末東京で行われた。
これは、まったくのビギナー向けのインプラント完全マスター研修会で、受講者は各自の症例を半年間で1症例を仕上げるという、かなり実践的なセミナーだ。
しかも、受講する先生はスタッフも同伴。一緒に学び、実践していくのだ。
画期的ではあるが、受講者も講師もかなりハードワークを強いられる。




講師は僕のほかに、秋田のTNK先生、埼玉の衛生士ABTさん、そして高木歯科医院の技工士スゴイ君の4名だ。
先週の西新宿でのシンポジウムの際に、初めて4人の講師が顔をあわせたが、ほとんど何の打ち合わせもないままセミナーの開校式となった。
今回は挨拶とガイダンス、そして症例選択のための診査、診断、治療計画について僕が説明し、他の大部分をTNK先生が喋った。
相変わらず、この先生のマニアックでウイットに富んで、そしてちょっとシニカルな講演は聴いていて飽きない。
普通こういう風なアカデミックなセミナーにおいては禁忌とされる、治療費の問題やムンテラの仕方など少々生臭い話がぽんぽん出てくる。
しかし「すべては患者の幸福の為に~愛がなくては意味がない~」と書かれたスライドが何度もでてくる。
ここ数日講演準備の為にあまり寝ていなかったそうで、目の下にクマを作った熊さんのようなTNK先生はホントお疲れ様でした。
スゴイ君にも、宿題のステントの作製について講演とデモで骨を折ってもらった。
みんなで分担する事で、より受講した先生やスタッフの方達には分かりやすくなったことと思われる。

懇親会が、いい息抜きになった。
久しぶりに楽しく酒が飲め、ぐっすり眠れた。
2008年07月10日
要ポリフェノール!
歯医者以外のことで、いま格闘中の事案がある。
自分のことというより、他人のために・・・。
かなりストレスフル!
世の中には不条理な事がいっぱいある。
高校生のころ読んだカフカのことなど、思い出す。
漱石の「草枕」の冒頭が、なんども頭の中を巡る。
・・・とかくにこの世は住みにくい。
画家にでもなろうか。詩人にでもなるか・・・
ため息ばっかりついている。活性酸素が充満。
早く家に帰って、ポリフェノールを体内に注入せねば・・・

赤ワインを飲むだけの事ですが(笑)
2008年07月09日
モンテの応援
高木歯科医院のスタッフ全員および出入りの業者、患者さんまで連れて、セレッソ戦を応援に行った。
これは福利厚生というよりは、「行かないなら休暇届を出せ!」というくらいの強制連行。

ここ2試合、モンテらしからぬふがいないゲームをやって、順位をズルズル下げてしまいそうな状況の中、個々が踏ん張りどころ!と、高木歯科医院では大応援団を結成。
少々早めに診療を切り上げ、NDソフトスタジアムに駆けつけた。
総勢20名。
ふだんはガラガラのブロック席が、この大応援団で賑やかになった。
九十九鶏弁当を頬張り、試合が始まるのを待つ。
初めて観戦する者も何人かいて、コアなサポーターのエリちゃん1号と3号が、いろいろ解説している。
女性達の興味は、サッカーの展開よりもイケメン選手探し。


ハーフタイムに高木歯科医院になじみの、ネモや坂井、サトケンが挨拶に来てくれて、みんな感激!
周囲の観客も、大いに喜んだ。
エリちゃん1号は、後半からはゴール裏に移動して気合を入れて応援に。
しかし試合は、モンテのいいところなし。後半守備のミスから2失点。
0-2で完敗だった。
こんなゲームを一人で見ていたら、かなり鬱になるところだが、みんなで大騒ぎしながら見ることが出来て楽しかった。
2008年07月07日
シンポジウム
昨日、東京西新宿にてアスパック・シンポジウム’08が開催された。
180名定員予定のところに、200名以上の参加者があり大盛況だった。
同日、ビッグサイトでもJMMのコロキウムが開催されており、そちらも大入りだったと聞く。
昨今のインプラントブーム(?)は、少々異常な感じがする。


アスパック・シンポジウムでは、審美の榎本先生、ぺリオの佐藤直志先生といった超目玉の基調講演があったから、かなりおもしろかった。
相変わらず湯沢訛の「直志節」は絶好調で、1時間の講演が物足りなかった。
榎本先生も直志先生も、インプラントは所詮作り物だから過信しない事、繊細かつ慎重に行うことを強調していた。
まったく僕も同感で、インプラントをはじめて27年経つが、いまのインプラントが20年前のものに比べて格段に安心安全なものになったとは思えない。
いつの時代でも、安直に取り組んでよいものではないのだ。
近年の歯科ビジネスとしてのインプラントのブームには、いささか辟易している。
歯科治療のひとつのオプショナル・ツールとしてのインプラントでなければならず、「インプラント先にありき」であってはならない。

シンポジウムの最後に、僕はパネラーの一人として登壇した。
たった8分間のプレゼンだったが、その中で「欠損補綴としての捉え方」を提言したかった。
しかし、わが国の学会ではいつもの事だが、時間におされてほとんど討論らしいものはできず、尻切れトンボのまま終了。
隣の佐古先生に至っては、発表はしたけど彼の発表に対しての討論は一切なし。
とても寂しそうだった。
会場に参加した人たちからも、シンポジウムの討論こそがおもしろそうだったのに・・・
と不満の声がいくつも聞こえた。
「うーむ、よしよし」
問題を投げかけておいて、十分に話し合わず、結論も出さずに壇から下りる快感、というものを知っていますか?
僕は知っているのです。うふふ♪

【SPIの開発者で、ヨーロッパではDr.Implantと呼ばれているSnetivy博士と】
2008年07月05日
アドバイザー会議
サミットの厳戒態勢の中、新宿で小さなサミットに出席した。
スイスのThommen Medicalから、Stuz社長やSPIの開発者のSnetivy博士らが来日し、今年もインプラントのアドバイザーミーティングがあったのだ。

日本でSPIシステムが販売されて5年目に入る。
システムは、我々日本人ユーザーの意見も取り込み、年々進化している。
進化しているのだが、厚労省の硬い頭のせいで、なかなか認可が下りずこの国ではまだまだ使えない器材が少なくない。
すでに欧米はもとより、韓国、シンガポール、台湾では普通に使われているものなのに・・・
居酒屋タクシーで浮かれているお役人の為に、医療の現場はなかなか進化できなくているのだ。
もはや日本の歯科医療は、アジアで●番目なのだ。
本社のエグゼクティヴたちも、そんな日本の現実を知り、徐々にアジアの中心を韓国、シンガポールにシフトしようとしているような感もあった。
高嶋兄弟
高嶋兄弟って言っても津軽三味線でもなければ、プロレスでもない。
ここ数日のストレスを解消するために、昨夜は銀座にジャズを聴きに行った。

銀座松坂屋の裏手にある「スウィングシティ」。
大好きなギタリスト、高嶋宏のライブがあった。
高嶋さんは山形出身で、最近の「スイングジャーナル誌」でギタリスト部門人気投票第5位の実力派。
彼の弟は僕の中学の同級生で、タカギ-タカシマと出席番号つながりで、けっこう仲がよかったのです。
ライブハウスではその同級生のタカシマ君にも会えて、話が盛り上がりました。
彼は某物産会社のガス油田関係の部署に勤務していて、ドバイやカタールなど中東にめっぽう強い。
大卒後アブダビなどに15年くらい住んでいた怪しい(?)経歴を持つ。←こんな怪しさが大好きです!
タカシマ君とは、中東の話やサッカーなど、他愛のない、しかしけっこう新鮮な話をした。
情熱的(パッショネイト)な兄・高嶋宏とは違って、物静かなタカシマ君は昔と変わらずクールでかっこいい。
聞くところによると、兄弟で小学生の頃「木琴」を習っていたそうだ。
「ピアノ」とか「バイオリン」を習っていたというのは珍しくはないが、「木琴」というところがやっぱり怪しい(笑)
もっともタカシマ君のほうは、木琴よりは野球なんかしているほうが楽しかったらしく、音楽にはあまり興味を示さなくなったと言う。
タカシマ君がJazzに目覚めたのは、大学生の頃「MJQ」を聴いてからだそうで、「なるほど、木琴がここで目覚めたか・・・」と思った。

さて、ライブのほうは相変わらずJazzyでBlusyな高嶋サウンド炸裂。
ボーカルの浅田尚美は、以前高嶋さんとのコラボを山形の「蔵」で聴いたことがあるが、そのときとはまったく違って、リラックスして楽しんで歌っていてすごくよかった。
歯並びの良さと艶っぽさは変わらなかったが・・・
11時まで3ステージとも堪能し、久しぶりにジャズライブに酔った。
銀座の大通りまで出て、タカシマ君と別れたが、やっぱりクールに「じゃまた」と言って去っていった。
ちなみに高嶋宏さんは、今日山形のテルサで菅田かおりとライブをやります。
2008年07月04日
パレスホテル
久しぶりに、日本の伝統的高級ホテルパレスホテルにやってきた。
この戦後すぐにできたホテルも、来年1月には取り壊されて高層ビルに建て替えられるのだそうだ。

壊される前に、もう一度泊まって見たいと思っていた。
確かにハードウェアは古くなってしまったが、このホテルのソフトウェア、もてなす心は、わが国屈指のものとずっと思っている。
チェックインでの対応等、やっぱりいいね。
部屋も、居心地がよい。

部屋でリラックスしているところに、マリノスの大島秀夫から電話が。
気分がよくて、つい長電話をしてしまった。
男の長電話・・・カッコ悪い。