« 2007年08月 | メイン | 2007年10月 »
2007年09月20日
古田引退の涙
僕の最も愛するスワローズの、最も好きな古田敦也が今季で引退する。
師匠・野村以来のプレーイング・マネージャーとして頑張ってきたが、
昨夜引退を表明した。
涙の会見をテレビで見て、僕も涙した。

40年以上もスワローズファンをやってきて、最も好きなな選手が古田だった。
メガネで飄々として、それでいて心が強く、何よりも野球がうまかった。
華麗じゃなかったけど。
僕の大切なコレクションとして古田のユニフォームも、生サイン入りのバットももっている。
神宮にはいつも27のTシャツを着て応援に行った。
昔、ギャオス内藤やぶんぶん丸池山らと、素人としてテレビのクイズ番組に出て
無邪気に騒いでいた、底抜けに明るい古田を見て大好きになった。
もちろん、プレーヤーとしての古田も僕を勇気付けてくれたことは言うまでもない。
キャッチャーとして首位打者を取ったことは、我がことのように嬉しかった。
古田は弱いスワローズを、常に元気付けていた。
数年前、キャッチャーフライを追いかけ、相手ベンチに激突して左膝を怪我してから、
精彩を欠くようになったのは残念だ。
近鉄球団が消滅しようとした時のプロ野球ストライキを決断した、選手会会長としての
リーダーシップも実に堂々としていた。
選手兼任監督という立場にたった古田を、零細な歯科医院を営んでいる者にとって、
自分にダブらせる機会がしばしばあった。
う~む。
古田に対する思いは、溢れる涙のようにとめどなく湧いてくる。

会見での古田の絶句と流涙。
きっと彼の熱い思いが、言葉にならなかったのだろうな。
これからもスワローズを、古田敦也を応援し続けるよ。
2007年09月17日
ツール・ド・ちば
15、16の両日、スゴイ君とツール・ド・ちばに参戦してきた。
昨年9月のホノルルセンチュリーライド(160km)で味わった快感を、今年は
千葉の房総を二日間で約240km走ることで味わうことができた。
二日連続での長距離、しかも平均時速25kmでの走行で、さすがに今日は両腿が痛い。
山形発羽田行きの飛行機に乗るたびに、房総半島上空から見下ろす景色に、
かねてからここを自転車で走ってみたいと思っていた。
昨年一緒にホノルルを走ったKさんから、ツール・ド・千葉の案内をもらったのが7月。
それ以降、HPで大会内容などをチェックして、スゴイ君と千葉在住のイトウさんを誘って
3日間のレースのうち1,2日めの二連戦に参戦したのだった。

【スタート前。スゴイ君、朝生つぐみさん、ボク、イトウさん】

空から眺めていたよりも、ずっと起伏があって決して楽ではなかった。
天気は良すぎるくらいで、二日とも30℃を超える残暑。
それに加えて向かい風。
しかし、競輪選手が引っ張ってくれることや、適当な場所に設けられたエイドステーション。
大勢で走る楽しみ。そして何よりも沿道の人たちの「がんばって!」の声援。
ちょっと辛いときもあったけど、楽しさのほうがはるかに勝った楽しい連休だった。


予定より1時間くらい早めに南房パラダイスにフィニッシュ。
達成感は、また僕にとって大きなエネルギーとなった。
2007年09月13日
腕時計
僕は子供の頃から時間にはうるさい。
父が、「時間にルーズな人間が一番だめな人間だ」と言っていたせいだ。
診療所の予約も、けっこう厳しくしている。
特に十日町診療室は「完全予約制」にこだわっている。
診療室の掛け時計はすべて「電波時計」だ。
ふだん僕が使っている腕時計も、SEIKOの電波時計。
シンプルな幾分野暮ったい時計だが、時間が狂わないと言う時計の最も重要な部分に安心感がある。

時計はシンプルな方が、時が読みやすくて良い。
ダイナースクラブの雑誌「SIGNATURE8-9月号」をパラパラめくっていたら
時計の特集が載っていた。
写真のようなシンプルなデザインが好みだ。
記事を読んでみる。
「スペイン修道騎士団に由来するカラトラバ。その控えめな高貴云々~」
なんか気に入った。でもプライスを見てびっくり。¥1,764,000(税込)
う~む。僕には時計に“ん百万円”もの価値を見出せない。
¥10000の時計の1時間も、“ん百万円”の時計の1時間も同じ1時間なのに・・・
好みではないが、ダイヤとかぎらぎら輝いている宝石としての時計ならいざ知らず、
いくら職人さんが丹精込めて作った時計だといっても・・・
などと少々腹を立てながらページをめくっていると、
ほとんど文字盤が読めないようなごちゃごちゃした時計が目に入った。

フランクミューラー。
そこの時計が高いことなど知っている。
しかし、しかしだ!!
その価格が、¥250,000,000
に、におくごしぇんまんいぇん!!! (郷ひろみの歌かよーっ!)
ありえない。
びっくりして、おならが出そうだ。
2007年09月12日
安倍首相辞任表明
総理が辞めたくなったらしい。
けっこういじめられたもんな。
いじめのない教育改革や美しい国づくりはどうなっちゃうんだろう?
「総理の責任追及」をして、「やめろ!やめろ!」と言っていた野党や、
与党内の抵抗勢力。
「じゃ、辞めるよ」と安倍さんが言ったら、そろって「無責任だ!」と。
どいつもこいつも無責任なんだよ。
特に与党の連中。去年の総裁選で選んでおきながら、何なんだ!
民主国家が聞いてあきれる。
マスコミもそうだよ。
重箱の隅ばっかりつついて、欠点ばっかりを探し出そうとしている。
肝心な政局や日本のこれからを、いったい誰が、どのように
舵取りをしていくのかっていうことを真剣に考えていない。
「マスコミを甘く見るな」とか言っておいて、けっきょくのところ
ペンの暴力を振るっているだけ。
いじめとエゴとエロとゴシップに満ちた日本。
美しい国づくりは、何処へ。
安倍さんには期待していたんだけどなぁ。

2007年09月09日
スマイル倶楽部
43回目のスマイル倶楽部のフォーラムは仙台で「インプラント博覧会」という
イベントとしておこなった。
いつも底抜けに明るい会員たちと交流できることが楽しみなフォーラムだが、
今回はそれに加えて「博覧会」への出展業者の人たちとの交流もあって、
一層盛り上がった。
参加企業は全部で15社。
宮城県歯科医師会館の地下の研修室には、所狭しとブースが並んだ。
ブースの脇で、各企業からのプレゼン。
特別講演に、田中先生と僕。
医院経営に関する田中節の方が、インプラントマニアな僕の話より
100倍おもしろかった。
おもしろかったけど、懇親会で飲みすぎたのと大声で騒ぎすぎたので
ちょっと疲れた。
2007年09月06日
インプラント学会プログラム委員会
連日ホテルキャッスルに通っている。
と、いっても診療室の真向かいなのだが(笑)
11月に山形で開催されるインプラント学会の東北・北海道支部総会の
実行委員長を仰せつかっているので、てんやわんやの毎日だ。
特に先月末で、一般演題の応募、抄録を締め切ったので、締切間際(一部は過ぎてから)の
演題申込みが殺到したからだ。
プログラム委員長のO先生に、抄録原稿一式を手渡してホッと一息。
2007年09月05日
医院の安全管理委員会
今年から個人の歯科診療所でも、医院の安全管理指針を明文化し、
院内での委員会や研修を行うことが義務付けられた。
厚生労働省からの指導の下、歯科医師会で雛形を作ってくれたのだが、
中には、いかにもお役人が考えたような、非現実的な部分もあり、実際の
診療現場に照らし合わせて、一部分作り直した。
7月から診療や出張の傍ら準備を整えてきて、やっと指針が完成したので、
さっそく第一回目の院内での委員会および勉強会を行った。
医療事故や、院内感染などは医療に携わるものとしてとても深刻な問題だ。
これまでも、時々勉強会などでいろんな話し合いをしてきたが、
今回厚生労働省からの指示通りに、しっかりと明文化した。
けっこう立派な冊子になった。
ホテルキャッスルの会議室を借りて、十日町、浜崎のスタッフ全員が集まった。
はじめに管理責任者をそれぞれの診療室で決め、次に指針を項目別に音読しながら、
解説していった。
たっぷり二時間。
研修をしたからといって、事故や院内感染が起こらなくなるわけではない。
常に注意をしていくことが肝心だ。
2007年09月02日
日本一の芋煮会
山形市恒例の、日本一の芋煮会の日。
暑すぎず、寒すぎず、絶好の芋煮日和だ。
会場の馬見ヶ崎の川原はたくさんの人でごった返しているのだろう。
迷子のお知らせや、ごみは分別してね、などのアナウンスが聞こえてくる。
至近距離に住んでいながら、一度も芋煮会場には行ったことがない。
書類の整理に、庭の草取りと芝刈り。
自転車のパンクの修理に、今週の様々なプレゼンの準備。
雑用に追われて、芋煮会どころではない。
夕方、一段落したころカミさんが晩御飯何にする?と聞くので、
「芋煮」と答えた。
Jリーグ、マリノスVS柏レイソル戦をテレビで見ながら、
Kistlerのピノ・ノワールを飲む。
カミさんの作った日本一の芋煮たべた。

残念ながら今夜は、大島のゴールを見ることができなかった・・・