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2007年06月29日

訃報

立て続けに訃報が舞い込んだ。

大学時代の同級生のN君と、僕が歯科医として最も尊敬し憧れていた北九州の
筒井昌秀先生が亡くなった。
今月16日のことだ。

かなりショックだった。
ブログを書くまでに、時間が必要だった。

筒井先生の臨床を最初に見たのは二十数年前に、九州のスタディグループが書いた
一冊の本だった。絵に描いたような見事な歯周治療と補綴治療の美しさに度肝を抜かれた。
その後「臨床歯科を語る会」という歯科医の集まりで毎年お目にかかるようになり、筒井先生
の臨床にかける情熱や努力を知るにつれ、「こんな歯科医になりたい」と思うようになった。

tutui.gif

昭和の末期、機会があって僕は北九州の筒井歯科医院を訪問することができた。
1日、筒井歯科医院で見学をした。すごかった。
治療の手際よさ、診断や治療後の先を読む判断力のすごさ、何をとってもすごかった。
それでいて、患者さんには優しく、目を細めて訴えを聞き、納得いくまで説明する。
スタッフの歯科衛生士たちも、すごかった。きっちり歯磨きができるように容赦なく指導していた。
患者さんとバトルしているようにも思えた。
診療台に座っている患者さんの口の中は、どれも本や雑誌に掲載されている症例同様に
みごとに美しかった。
待合室も診療室も患者さんで溢れ、筒井先生が昼食を取ったのは午後三時。
院長室で立ったまま、すっかり汁を吸い込んでのびたうどんを啜っていた。
ものすごい数の患者さんを、かなり高レベルの治療でこなし、その日は夕方6時半ごろ診療を
終えた。
「ちょっと歯科医師会の会議があるから、タカギ先生は先に夕食を取って二次会で合おう」と
言って急いで診療室を出て行った後姿が忘れられない。
会議の後、先生は夜中まで僕に付き合ってくれた。
飲んで、歌って。かなり筒井先生はカラオケ好きのようで、ひたすら歌っていた。
僕はすっかり酔っ払って、眠たくなっていたけど、筒井先生はずっとギンギンに歌いまくっていた。
翌日も朝からたくさんの患者さんを、あのすごいテクニックで治療していくはずなのに。
めちゃくちゃすごい超人、スーパーデンティストだと思った。

以来僕は、筒井先生は日本一の開業医だと信じ、自分の目標にした。
僕が香澄町に開業をした翌年の平成二年に、山形まで足を運んでくれた。
二日間みっちり歯医者の、そして人生の勉強を教えてもらった。
ツツイズムだった。

拙著「スーパーデンティストをさがせ!」のモデルはいうまでもない、
その筒井先生だったのだ。

僕が筒井先生の臨床を知った時、彼はまだ四十代前半だったはずだ。
僕はもうとっくに五十を過ぎている。まだまだ追いつけない。
目標だった巨星を失い、僕は狼狽している。
しかし、筒井先生の臨床に一歩でも近づけるように精進しなくては・・・
それが残された僕の務めだ。

   ◇  ◇  ◇

大学の同級生のN君の死は、さらにショックだった。
自殺だった。

大学6年間、結構深い仲だった。一緒に野球をやったし、5、6年の時は
大学の代表としていつも彼と共に他の大学との交流会や会議などに参加していた。

クラスのリーダー格で、日本拳法をやっていた強靭な男だったのに。
なぜだ!?今でも信じられない。

合掌


投稿者 takagi : 16:13 | コメント (0)

2007年06月11日

第25回日本顎咬合学会

6月9-10の両日、日本一大きい開業歯科医のための学会が、今年も有楽町の東京国際フォーラムで開催された。
四半世紀目の節目となる今年の学会は、理事長でもある岩田健夫先生が大会長となり、昨年他界した初代大会長である保母須弥也教授へのトリビュート学会でもあった。
「バカの壁」の養老先生の特別講演、UCLAのヘンリー・タケイ教授の基調講演から始まり500以上の多岐に渡る演題が発表された。
僕も「インプラント成功のための診断と治療計画」と題して、約二時間のテーブルクリニックを行った。

思えば、21年前に保母教授が所長だった国際デンタルアカデミーで僕が1年間研修を受けていたときの副所長が岩田先生で、彼らの勧めで顎咬合学会に入会したのがきっかけだった。
以前は咬合学を中心にした補綴中心の学会だったが、いつの間にかインプラントはもちろんあらゆる歯科分野に関する質の高い臨床系歯学の学会へと成長した。
何度も僕はこの学会で発表してきたが、15年前にカスタムアバットメントを使ったインプラント補綴の発表をしたころは、まだインプラントに対する学会会員の関心はとても低いものだった。
最近のこの学会ではインプラントの演題が一番多いのではないだろうか。
特に「診断・治療計画」と「骨造成等によるアドバンスドな外科手術」に関するプレゼンにはどこもあふれんばかりの聴衆が集まった。
僕のテーブルクリニックにも用意された椅子の三倍以上の人が集まってくれて大盛況だったが、圧巻だったのは菅井敏郎先生の会場。大きな会場が立ち見も難しいくらいぎっしりと埋まった。僕と同じような演題で、いずれも歯科用CTスキャンでの術前診断の重要性を説いたものだったが、僕は抜歯後3ヶ月くらいたった骨の状態にスポットを当てて、そのままインプラントが出来る場合と抜歯窩再掻爬し骨造成が必要な日常的な処置をプレゼンしたが、彼は診断後はサイナスリフトと上顎前歯部へのブロック骨移植の話で、パフォーマンスの派手さでは雲泥の差だった。
派手なインプラント関連が人気の一方で、下顎総義歯の吸着に関する演題で発表していたスマイル倶楽部の会員で山形県の佐藤勝史先生のテーブルクリニックもすごい人だかりで、地味な入れ歯作りにも多くの関心が寄せられていることに安堵した。また、勝史先生の真摯な臨床への取り組みに敬服した。

投稿者 takagi : 20:04 | コメント (0)

2007年06月10日

横浜日産スタジアム

学会での発表を終えてスーツ姿のまま、スガイさんと一緒に東京駅に直行し新幹線に飛び乗った。
新横浜に着いたとたんに雨がポツリポツリと降り出した。
日産スタジアムの雨の当たらないSS席のチケットを購入して、席に着いたときには本降りになっていてすぐにキックオフ。
目当ての大島は今日も坂田とのツートップでスタメンだ。

おととしも顎咬合学会でテーブルクリニックでプレゼンしたあとに、日産スタジアムに直行したっけ。

学会の準備等でこの一週間はあまり睡眠時間も取れなかったが、プレゼンも終えてビールを二本飲み、スタジアムについて生ビールを二杯飲み、大好きなサッカーを観戦したら疲れもかなりふっ飛んだ。
ハーフタイムでピッチから引き上げる大島に「ひでおー!」と声をかけるとしっかりこっちを向いて手を上げる。
周囲の観客からは「このおっさん何者だ?」みたいな視線を浴びるが、隣のスガイさんとダークスーツで一見怖そうな態度でいたので、すぐにみんな目をそらす(笑)
大島の惜しいシュートもあったが、結果は吉田のゴールで1-0の千葉に勝つ。
後半、僕らがビールを買っている間にその吉田が二枚目のカードで退場してからは防戦一方でひやひやしたが何とか逃げ切った。

小雨の中タクシーで中華街へ。
行き当たりばったりの上海料理の店で遅い晩御飯を食べる。
しばらくしてゲームを終えたオーシと合流。
さっきまでピッチでプレーをしていた選手と晩御飯を食べながら反省会をするのが僕の至福の時だ。
スガイさんと紹興酒1本プラスアルファを空け、オーシの新車で横浜駅まで送ってもらいナガーイ1日が終わった。

投稿者 takagi : 01:51 | コメント (0)